Archive for the ‘木下ひろし’ Category

2012年08月22日 静岡県地震・防災センター視察 

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静岡県防災地震防災センターのHUG体験では小林所長から東海、東南海連動地震に対する静岡県の取り組みについてお話しを伺い質疑。その後、H・U・Gの体験をしました。 
静岡県は、1854年安政大地震から150年経過し、必ず地震は来るという観点で、早くから行政と、地域がそれぞれ防災の取り組みを行っています。 
小林所長からは、まず「HUGは、大災害時に全く生活が成り立たない人のための避難所運営ゲームであり、各家庭での壊れない家・自助をしっかりやる事が重要であり、最後の手段としての避難所がある」と話され、この防災センターの意味を1.地震防災に対する県民の意識向上。2.防災リーダー養成。の二つをあげられました。 
また、小林所長が学生時代南大塚に住まわれたことから、地方から見ると豊島区・東京の木造密集地域は大地震で燃えやすいのは明らか。都市計画の根本的な見直しが必要とのご指導を頂きました。 
また、訓練の重要性について、静岡県小林所長等の努力で9.1防災の日を中心に県民のうち、約50%の方が地域防災訓練に参加。また、中学・高校生も約50%の生徒が学校の単位という事で、地元の防災訓練に参加しています。3.11大震災後被災地の大槌町・山田町の避難所で住民の方が「避難所に来れた人は、防災訓練に参加してきた人が殆ど」すなわち、日頃の防災訓練に参加しない方の多くが波に飲まれていまったとの事でした。 
帰宅困難者については、『絶対帰宅させない』事業所や学校が責任を持つべきと大分以前から主張されてきたそうです。特に現代は携帯電話やインターネットで家族の安否確認が容易になったので、会社や学校がまず留まれる備蓄品の確保等を協定を結んでいく事を述べられました。 
また、DIG-DISASTER-IMAGINATION-GAMEという家庭内で大地震が来ても暮らせる方法を広報しています。

2012年08月09日 長崎原爆平和式典・大村市役所訪問 

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長崎原爆平和式典の会場に到着しました。同じ自治体席には板橋区、新宿区、武蔵野市議会代表者や全国から中学生が来られています。 
板坂議長の式辞、田上市長の平和宣言には、原爆投下67年を経過し、被爆者の平均年齢も77歳を越え、核兵器廃絶へ向けて被爆地からの発信を世界に向けて孫子の代に受け継ぐ。未だ1万9千発の核兵器根絶の旗振りを務めていく。等のメッセージがパンフレットに掲載されています。 
式典は原爆死没者名奉安。今日で15万8千754名が搭載されました。市議会議長の式辞、献水、献花。投下時刻11:8分に全員で黙祷。田上市長平和宣言、被爆者代表中島さんの平和への誓い。児童合唱の後、来賓挨拶。野田総理大臣、国連事務総長代理アンジェラ軍縮上級代表、県知事、純心学園生徒による千羽鶴の合唱。11時50分に無事閉式しました。 
 
平和式典終了後、長崎空港のある大村市役所を訪れ松本市長さんと暫し懇談会。16世紀にポルトガルへの使節団。ボートレース発祥の地として有名です。

2012年08月08日 長崎田上市長と懇談 

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67年目の長崎原爆慰霊祭に区議会を代表して参加するため、今日から長崎に向かいます。今回は高野区長、議長、私副議長、自民党、公明党、共産党、自治みらい、みんな無所属の各会派代表が参列します。また、長崎市役所を表敬訪問する予定です。 
 
区議会として、昨年は広島原爆慰霊祭に派遣し、今年は長崎への派遣です。ちなにみ、丁度9年前の私が始めての副議長のときにも参加させていただきました。 
 
長崎は1945年8月9日午前11時2分浦上地区にプルトニウム原爆が投下され7万人の住民の尊い生命が奪われました。ヒロシマはウラン原爆でした。 
都内で先駆けて非核都市宣言をした豊島区は核廃絶にむけ一貫した取り組みが求められます。また、公明党が目指す生命尊厳、反戦の潮流を我々の立場で幾重にも拡げていく事を再確認する日です。 
 
長崎空港から長崎原爆資料館に向かい、今年の6月豊島区非核都市宣言30周年記念式典に来て戴いた資料館中村館長さんと再会の後、超多忙の田上市長と懇談する機会を持って頂きました。  
 
田上市長さんからは、首長と議会の全会派が参列されるのは、珍しく、豊島区の平和の意識の高さを評価され、被爆者の平均年齢が77歳を越えて、孫子の代に如何に非核・平和の松明を継承していくかが大きな課題。全国の中高生が毎年長崎に来られる姿は本当に頼もしい。長崎に足を運ぶことによって、被爆した町の人と顔を合し、話すことから平和が一歩一歩前進するとのお話しがありました。 
 
田上市長さんと懇談の後、原爆資料館見学し、長崎市議会を訪問しました。長崎市議会板坂議長、鶴田副議長さんとの意見交換では被爆者の親が子供に被爆を隠して、子供さんが被爆の後遺症を申し出ても、科学的な証拠がないという事で、国からの補助が受けられない現実など被爆地特有の問題を伺いました。板坂議長さん自らが1歳の時爆心から1キロの地点で被爆されています。方にガラスが刺さったまま、2歳を越えて取り出したということです。もちろん記憶は残っていないが、方の傷を見て、被爆した町を認識し、平和の大切さを自分の使命と感じてこられたそうです。 
 

2012年08月01日 柏市議会、流山市議会を視察 

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豊島区議会の議会施設検討会で柏市議会、流山市議会を視察しました。正副議長も同行しました。 
 
10時過ぎに、柏木市役所に。定数36名で昨年9月に改選され、本会議場の大型プロジェクターマイク・カメラ・テロップの追尾システム、書画カメラ等など豊島区新庁舎に活かします。 
13時過ぎに流山市議会の携帯端末による議決表明、ユーストーリームによる本会議、委員会の公開等を視察。議長さんのご挨拶を頂き、根本議員、かとう議員さんからご説明を頂きました。人口16万人、議員定数28名。ICTを活用した開かれた議会の取り組みとして、情報誌の市民公開日本NO.1とされた議会です。

2012年07月23日 木下広議会報告「テキパキ通信」アップロード 

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木下広の議会活動報告「テキパキ通信」NO.130をアップロードしていただきました。 
東京都の「不燃化10年プロジェクト」で、長崎2・3丁目の“旧敬愛病院通り”が選定され、震災時の燃えない街づくりなどを中心に纏めていただきました。ぜひご覧ください。  
 
H24年8月テキパキ第130号120718.pdf 

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